2017年09月 / 08月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫10月

2016.09.21 (Wed)

昔から10年に一度世間を騒がせる写真があります

デザウマのブログでは珍しいテーマですが、明治時代からこれまで10年に一度のサイクルで世の中を騒がせる写真があります。
今回も最近ネットで騒がれ出しました。これです。(オリジナルは白黒で、この写真は後に着色されたもの。)
qz52eb34c2bfb6ba7794cf.jpg
下のサムネイルをクリックするとフルサイズの大きい写真が別ウィンドで開きます。
qz47041942a81e52eb34c2bfb6ba7794cf.jpg

1865年(慶応元年)2月中旬から3月18日までの間に、長崎へ集結をかけられた各藩の勤皇党は世界の情勢に明るい、オランダ人宣教師フルベッキ博士を訪問しました。

日本の統一、王政復古はどうなってゆくのかをフルベッキ博士を交え議論し合った時に、長崎の写真家である上野彦馬の写真スタジオで真ん中にフルベッキ博士とその子供も入って、和やかな雰囲気で記念撮影されたものとの説があります。

この写真は後の明治28年に、宗教家で歴史家でもある戸川残花が雑誌「太陽」に掲載して世に知らしめる事になりますが、当時の政界の圧力で、写真の説明書きは佐賀藩の学生達と記載されました。

でもよく見てみると佐賀藩の学生どころかそこには.....。
陸奥宗光、五代友厚、黒田清隆、高杉晋作、坂本竜馬......
qz9553652.jpg
西郷従道、西郷隆盛、大久保利通、伊藤博文、岩倉具慶、明治天皇....
qz3_9553652.jpg
勝海舟、中岡慎太郎、大隈重信、大村益次郎、桂小五郎、後藤象二郎....
qz43_9553652.jpg
後世の実物の写真や、本人を知る人達の証言もあって、およそ半数近くは本人であるとされています。
もちろん昔の手の込んだ合成絵画のたぐいではないかとも思われるので、10年に一度のサイクルで世間を騒がせる写真と言われています。

25.陸奥宗則 と書かれているのは 高杉晋作ではないかとか、幕臣の勝海舟がいるのはいくらなんでもとか、明治天皇が髷頭で大刀を持って写っているなんて....いやいや、明治天皇には有力な替え玉説というのがあって、など、この写真が明治28年に登場してから諸説プンプンです。

もう一度、元写真に近い白黒写真をどうぞ。(クリックで大きくなります。)
verbeck.jpg
レイアウトと名前リストです。(クリックで大きくなります。)
qzo0800058512218908293.jpg
この写真が1865年(慶応元年)3月の撮影で、本物ならばこの後すぐ彼らは歴史の大きな渦に飛び込んで行きます。
1865年(慶応元年)2月高杉晋作が長州藩の実権を握る。5月1日 坂本竜馬が桂小五郎と会合。
1867年(慶応3年)6月12日坂本竜馬が船中八策を示す。10月13日倒幕の勅命が下される。
      翌14日徳川慶喜が大政奉還。11月15日 坂本竜馬と中岡慎太郎が京都で暗殺される。
1868年(慶応4年)1月3日鳥羽伏見の戦い。 3月13日勝海舟と西郷隆盛の江戸城会談。
      4月11日江戸城の無血開城。


勤皇党のスポンサーは日本との貿易を拡大したかったロスチャイルド家の代理人グラバーというのは有名な話ですが、グラバーが幕末から維新で破産して歴史の表舞台から去った後も、この写真の中央のフルベッキは日本政府に大きな影響力を持ちます。

桂小五郎は木戸孝允と名乗って明治政府で活躍するのですが、この写真で検証してみます。
左は今回の写真で、横は同じ頃の写真へ、そして洋服姿は明治政府の木戸孝允です。
桂小五郎ck qzw11126299757.jpg 木戸kido
私は同じ人に見えますがどうでしょう。

今日も下のデザウマの人気ブログランキングボタンに励ましのひと押しを頂ければ幸いです。

テーマ : なんだこれ - ジャンル : 写真


人気ブログランキングへ
18:00  |  よもやま話  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

Comment

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://dezauma.blog113.fc2.com/tb.php/1494-66131517

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | HOME |